ありがとう、またねと送り出す

5月10日に食道カテーテルを抜いて1週間後、5月17日早朝5時前に旅立ったエドである。ご飯を差し出すとオエっとなるが、水は最後まで飲んだ。自ら選んだ死に場所は毎晩人間と一緒に寝ていたベッド。最期は貧血による心臓発作だったかもしれない。

お漏らしさせてごめん

廊下と玄関タイルと寝室の本棚の最下段と、そしてベッド。体調が悪化していく1週間、寝る場所をローテーションで変えていたのは最期の場所の見極めをしていたのかもしれない。夜はエドにくっついて寝るので、夜の就寝場所に廊下を選択された時は、毛布にくるまっての添い寝である。

そして亡くなる2日前に、いつも家人と一緒に寝ていたベッドに心が決まったようだ。こちらとしてはベッドから落っこちるのが心配で、床に寝床をしつらえるのだけれど、ヨロヨロしながらベッドに歩み寄ろうとする。ある時は止めるのが間に合わずエドがジャンプ。でも数センチしか飛び上がれなくて床に伏してしまった。
根負けして介護用防水シーツ(ベッド全面を覆うサイズ)の上にさらにペットシートを敷き詰め、その上にエドと一緒に横になった。

今まで自宅で看取った猫たちも死ぬ間際までフラフラになりながらもオシッコはトイレでしようとしていた。エドもやっぱりオシッコは絶対トイレ!と譲らず、尿意を催すとアオ?と声に出すのでトイレに運んで介助である。
亡くなる前夜は支えても排尿する姿勢がとりづらいほどキツそうで、オシッコを終えた後はこのまま昇天するのか?とハラハラするほどの消耗ぶり。

だから、朝5時前にムクリとエドが顔を上げた時、トイレシーツの上だからここでしなよと言い聞かせたのだが、連れて行かないなら自分で行くとばかりに身を起こそうとした瞬間、「ガっ」と息を吐きベッドに伏せた。その数秒後、ひと息吐いての最期であった。

急いで家人を起こした。

エドの温かい体を撫で、耳にお別れの言葉をささやく。開いたままの目の下を指で撫でるようにして閉じ、体を清めるためのウェットシートを準備しているうちにオシッコが出てきた。

ごめん、エド、最期にお漏らしさせちゃった。

体をウェットシートで拭き上げ(オシッコで濡れたところは念入りに)、ブラシで毛並みを整えて、エドをピカピカの猫に戻した。

お弁当と猫草とバラの花を持たせました

死後硬直が来る前に、自然な眠りの姿勢に体勢を整える。
首元とお腹の毛を剃られたところ(食道カテーテルの装着や、お腹の検査のため)は見えないようにね。

家人が、千代紙で小さな箱を折ってくれた。その中にキャットフードと大好きだけどあまり食べさせてあげられなかったイリコ(尿結石の既往症ありなのだ)も入れる。虹の橋をわたる(こんな表現があることを最近知った)時のお弁当だ。でも、ずっと食べてなかったから橋のたもとで腹ごしらえするかも。

雨の合間に庭から柔らかいエンバクの新芽とバラの花を摘んでくる。お花は橋の向こうで待っているソナとフク(双方とも2017年に他界)にプレゼントするのもいいかもしれないよ、エド。

7時にペット火葬場に電話、10時に予約が取れ、この日の午前中に小さな箱に入って帰宅したエドである。

猫に迷いなし

火葬の前に、最後のお別れの時間がある。その時に般若心経を流してくれた。涙と鼻水を流しながら(マスクしていてよかった)唱えたのだけれど、悟りを渇望するのは人間だけだったと後になって思う。

猫は迷いなく生きて死ぬのだ。

3月末にエドの不調が発覚し、1ヶ月余りのチューブフィーディング、そして1週間の見取り。なんだか戦友を亡くした気分だ。

エドにはただただ感謝である。グルグルゴロゴロをいっぱい聞かせてくれて、最後まで頼ってくれてありがとう。生まれ変わって戻っておいでと言いたいけれど、年齢的にちょっとお世話が無理だから、あちらでみんなと一緒に待っていておくれ。

白い羽をのせた猫
まだ元気だった頃のエドに羽を乗せた写真があった:20170916撮影